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人生の目的

PVを1本ご紹介!泣きました。

宮崎菜穂子さんのこのPVは、とあるブログさんで知ったのですが、あまりに感銘を受けたので、僕も真似して紹介させていただきました。

初めてこのPVを拝見させていただいたところ、1:03秒の『重たい機材と』でうるっときて、1:17秒の『最初は怖くて歌えなかった』でポロリと涙がこぼれてしまいました。

別に、華奢な彼女が大きな荷物を転がしてがんばっている姿に心打たれたわけではなく、彼女が「人生そのもの」を歌っていて、その彼女の発するメッセージとPVの映像に自分の姿が重なったからです。

僕らは皆、自分が意識している以上に重たい荷物を背負って生きています。歳を重ねれば重ねるほど余計な荷物は増えてくる。時に、いくつかの重い荷を下ろしてホッと一息つくも、いつの間にかやっぱり荷物は増えている。もう足元はフラフラなのに、また1つ2つと荷物を背負ってしまう。

で、この辛さから逃れるために自分を偽ります。自分の感情を偽る、自分の気持ちを偽る、考えることをやめる、疑問と向き合うことをやめる。そして、日常に埋もれていきます。「生きているのではなく、ただ息をしているだけの存在」。その方がよっぽど楽に生きていけるからです。

でも、その代償として大切なものを失います。それが、感動・感謝・感激・感喜・感銘・感無量などの「感じる心」。彼女のPVは、この日常に埋もれてしまった感じる心にリーチしてくれます。僕が涙した理由がそれ。

人生の目的を思い出す

でね、思い出したのが、僕の人生の目的。

僕の人生の目的は、「生を実感し、生きる歓び・感動を全身全霊で噛み締める」です。このために生きているし、生きていこうとしています。

「人生の目的」と言われてもなんだかピンと来ない人は、『私はなぜ、何のために、今を生きているのだろう?』と自問してみるといいです。数時間じゃ答えは出ませんよ。数日、数週間でも無理。

過去の人生を振り返りながら数ヶ月間じっくり自問し続ければ、それなりの答えが出ると思います。

こういった問いは、本を読み漁っても、高額な自己啓発セミナーに通いつめても、スピリチュアルな先生を頼っても、宗教に救いを求めても、答えは得られません。なぜなら、最初からどこにも答えはないからです。

学校教育を受けて育った私たちは、「答えがない」とわかると急に怖くなります。例えるなら、この地球上から70億人の全人類が消失し、たった1人自分だけが、ポツリと取り残されてしまった感じです。

このとき、『自ら答えを創造するのか?』、『自分以外のヒト・モノに答えを求めてしまうのか?』で道が別れます(※ちなみに96%以上の人は「ただ息をしているだけ」なので、こういった問いも恐怖心も抱きません)。

「自ら答えを創造」と表現すると難しい印象を受けるかも知れませんが、要は「自分の主観で答えを決める」だけのことです。なぜなら、どこにも正解はないのだから。

あなたの問いには、あなただけが回答することができます。そして、「あなたが決めたその答え」だけが唯一の正解なのです。

人生の目的を達するために

僕の人生の目的は、「生を実感し、生きる歓び・感動を全身全霊で噛み締める」ですが、この目的を達するために必要なものは、「挑戦すること」「冒険すること」「表現すること」の3つです。

過去の人生を棚卸したところ、挑戦・冒険・表現をしたときに、「生を実感し、生きる歓び・感動を全身全霊で噛み締める」ことができていました。

ところが、最近の僕は(まだまだ若いのに)すっかり老けこんだ思考で、ほんの少しばかり得てしまったせいか、セーフティゾーンで器用に立ち回る「つまらんチマチマ人間」の代表みたくなってしまっていました。

ということに気がつきましたので、一旦身辺整理をして身一つの等身大の自分に戻り、「挑戦・冒険・表現」をしていくことに決めました。もっとダイナミックに躍動して、この命を精一杯燃やし、輝かせたいのです。

違約金がかかっちゃうけど、賃貸マンションの管理会社に契約解除の連絡もして、約5年間暮らした札幌とも来年1月15日でお別れすることになりました。お気に入りのアイテムで揃えた家具も全て手放して、鞄一つまで身軽になり、初心にかえって「挑戦・冒険・表現」の旅に出ます。

年末・年始めちゃくちゃ慌ただしいぞ!

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